ドイツは博物館大国?

2012年 12月 25日 16:54

(記:荒田鉄二)

 

2012年の秋にドイツに行く機会があったのですが、その時に感じたのが、ドイツはいたるところに博物館が多く、それが観光資源になっているということでした。以前に訪問したものも含めて幾つかの博物館とドイツの博物館観光事情を紹介したいと思います。


<ユニークな博物館>


ベルリンの博物館といえば、博物館島にあるペルガモン博物館、新博物館、ボーデ博物館、旧ナショナルギャラリー、旧博物館などが有名でしょう。
しかし、この他にもベルリンにはDDR博物館や壁博物館など、特徴ある博物館が多数あります。
DDR博物館は旧東ドイツの日常生活に焦点を当てた博物館で、入口すぐのところに展示されているトラバントの他、レトロなデザインの旧東ドイツブランドの日用品や家電製品が展示されており、それらを通して旧東ドイツの日常生活を体験できるようになっています。
一方、壁博物館はベルリンの壁に関するシリアスな博物館で、壁建設の様子から西側に脱出するために使われた気球など、ベルリンの壁にまつわる様々な資料や映像が展示されており、壁による分断の悲劇を伝える事がテーマとなっています。
この壁博物館に限らず、歴史の陰の部分を伝える博物館が多い事もドイツの特徴ではないかと思います。
まだ行った事はないのですが、ベルリンにあった旧東ドイツ国家保安省(秘密警察:略称シュタージ)の本部は、シュタージ・ミュージアムとして公開さ れています。東西ドイツのドイツ統一期に大統領だったワイツゼッカー氏は、ドイツ降伏40周年に当たる1985年5月8日の連邦議会における演説で、「過 去に眼を閉ざす者は、未来に対しても盲目となる」と言ったそうですが、ドイツにはナチスの犯罪行為に関する博物館が多数あります。

この秋に訪問した中で最もユニークだったのがベルリンの地下世界博物館(Das Berliner Unterwelten-Museum)です。
これは第二次世界大戦期の防空壕を博物館にしたもので、ベルリン地下世界協会という民間非営利団体が運営しています。
ここの見学は5つほどあるガイド付きツアーのみで、私は約90分間のtour1に参加しました。
ガイドの説明によると、ヒトラーはベルリン が実際に爆撃されるとは考えておらず、防空壕の建設は国民に対して戦争の危機を煽ると同時に安心させるための政治的プロパガンダで、構造的にも爆弾の直撃 に耐えるようにはなっていませんでした。また、ベルリン全体の防空壕の収容力も人口の10%程度しかありませんでした。このため、ベルリンが実際に爆撃さ れると、防空壕は大混雑になりました。
このような防空壕を管理するため、各防空壕にはブンカーポリスと呼ばれる人たちが配置され、防空壕の扉の開け閉めや避難者の管理に当たっていました。ブンカーポリスになったのは、ナチスの支持者ではあるが戦場に行くには年を取りすぎた老人たちでした。
防空壕内には、母親と子供の部屋など幾つかの区画があり、それがトンネルで結ばれているのですが、その中の1つにブンカーポリス待機室があり、その 壁には光を吸収して蓄える事の出来る塗料が塗られていました。このため平常時に電灯を点けて壁に光を蓄えておけば、爆撃で停電しても壁が光る事により1時 間程度は部屋を明るく保てたそうです。驚いたのは、60年以上経った現在も、この塗料が効果を発揮している事で、ツアーの途中で参加者の1人に壁際に両手 を挙げて立ってもらい、目をつぶってもらってからカメラ用のストロボを光らせ、それから部屋の電気を消すと、光を発する壁に両手を挙げた参加者の陰が映っ ていました。
ツアーのチケット売り場は地下鉄ゲズントブルンネン駅の南側出口を出てすぐのところにあり、ベルリン地下世界博物館への入口は、そこから地下鉄の ホームへ向かって下りていく途中の何の変哲もない鉄の扉でした。入るときには気が付かなかったのですが、出てから振り返って見ると、「ベルリン地下世界」 と小さく表示してありました。



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写真1 ペルガモン博物館のイシュタル門(2007年撮影)

 

 

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写真2 トラバント(ドレスデンで2007年撮影)

 

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地下鉄の階段途中にベルリン地下世界博物館入り口(2012年撮影)

<産業遺産の博物館>


産業遺産関係の博物館が多いのもドイツの特徴といえるでしょう。今回はドイツ西部のエッセンにあるルール博物館とドイツ中部ハルツ地方のゴスラーにあるランメルスベルク鉱山博物館を訪問しました。
エッセンはドイツの鉄鋼王ともいえるクルップ財閥の本拠地で、ルール工業地帯の中心都市として発展しました。しかし、石炭・鉄鋼産業の斜陽化と共に 地域全体が衰退の道を辿って行きました。このため、エッセン市は「石炭と鉄のまち」からの脱却を模索することとなり、そこで力を入れた分野の一つが観光で した。
ルール博物館は、エッセン最後の炭鉱として1986年まで操業していたツォルフェライン炭鉱の跡地を利用したもので、入り口の正面には、バウハウス 様式で建てられ「世界で最も美しい炭鉱」といわれた炭鉱の建物がそびえ立っています。ツルフェライン炭鉱跡は産業遺産として世界遺産に指定されており、ガ イド付きのツアーでかつての炭鉱施設を見学することができます。残念ながらツアーはドイツ語のみのため参加しなかったのですが、ガイドはかつて実際に炭鉱 で働いていたシニアの方が務めていました。
博物館内にはルール地方の自然、歴史、文化を展示したフロアもあり、朝から多数の見学者が訪れていました。

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写真3 ルール博物館入口正面の建物

ゴスラーは人口4万人ほどの小さなまちなのですが、10世紀頃から鉱山のまちとして繁栄してきました。その繁栄を支えたのが、1988年まで操業を続けていたランメルスベルク鉱山でした。
ここの見学はガイド付きのツアーのみで、私はトロッコ列車に乗って鉱山に入り、閉山近くまで採掘の行われていた坑道を見学するツアーに参加しました。ここでもガイドは実際に鉱山で働いていたシニアの方が勤めていたのですが、その声の大きさにビックリしました。
ツアーの途中で岩にダイナマイトを埋め込むための穴を開ける削岩機を動かす実演があったのですが、それでガイドの声の大きさに納得がいきました。削 岩機に限らず、鉱山内の機械の音はもの凄い音で、長年鉱山で働いていると耳を覆うヘッドホンのようなもので保護しても次第に耳が遠くなり、自然と話し声も 大きくなってしまうのだと思います。
このランメスベルク鉱山もゴスラーの旧市街とともにユネスコの世界遺産に指定されています。

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写真4 ランメルスベルク鉱山のガイドツアーの様子(2012年撮影)

<小さなまちの博物館>


ゴスラーは小さなまちですが、それでもランメルスベルクの他に、メンヒェハウス(近代美術館)、楽器と人形博物館、ゴスラー博物館(ハルツ地方の自 然と歴史を展示)、ツヴィンガー博物館(中世の武具や拷問具を展示)などの博物館があります。そしてハルツカードという地域カードを買うと、これらの博物 館がフリーパスになります。ハルツカードには48時間用(27ユーロ)と4日間用(54ユーロ)があり、私は48時間用を買ったのですが、後で気づいてみ ると4日間用の方が得でした。このカードはハルツ地方の広い範囲で使う事が出来ます。私は隣町のヴェルニゲローデから蒸気機関車の引くハルツ狭軌鉄道に 乗ってブロッケン現象で有名なブロッケン山頂まで行ったのですが、4日間用を買えばハルツ狭軌鉄道(往復29ユーロ)もフリーとなります。もし鉄道ファン でハルツ狭軌鉄道に乗ろうという人がいたら、4日間用のハルツカードを買う事をお勧めします。ブロッケン山の山頂にはブロッケン山を含むハルツ地方の自然 や魔女に関わる歴史等を展示したブロッケン博物館があります。

次はドイツ南部のロマンチック街道沿いにある人口2万人弱の小さな町、ネルトリンゲンです。
ネルトリンゲンには、町を囲む円形の城壁が完全な形で残っており、中世都市の姿を今に伝える貴重な存在です。この町全体が博物館ともいえるネルトリンゲンは地形的にも貴重な存在で、リースクレーターとしてジオパークに指定されています。
それはネルトリンゲンが1500万年前に隕石が衝突して出来たクレーターの中心近くにあるためで、城壁に囲まれた旧市街の中心にある聖ゲオルク教会の塔(ダニエルの塔)に上ると、クレーターであるリース盆地全体を見渡す事が出来ます。
アメリカのアポロ14号と17号の宇宙飛行士もクレーターの地形を学ぶトレーニングをネルトリンゲン周辺で受けたそうで、市内のバルティンガー門近 くの城壁沿いにあるリースクレーター博物館(Rieskrater-Museum)には、アポロが持ち帰った月の石も展示されています。
ネルトリンゲンにはこの他に、考古学的資料や市の歴史、芸術作品を展示した市博物館(Stadtmuseum)があるのですが、このような博物館はどの町にも必ずあります。

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写真5 ブロッケン山頂近くの霧の中を走るハルツ狭軌鉄道(2012年撮影)

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写真6 霧のブロッケン山頂(2012年撮影)

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写真7 ネルトリンゲンの町と城壁

<博物館を観光に活かす工夫>


博物館の多いドイツですが、博物館を観光資源として生かす工夫もされています。
画家のデューラーで有名なニュルンベルクでは、2日間有効のニュルンベルクカード(21ユーロ)があり、これを買うと市内の約50の美術館・博物館と市内交通(路面電車、地下鉄、バス)が2日間フリーパスになります。
私はこれを使って1日目にカーザーブルク城、デューラーハウス、ゲルマン国立博物館を見学し、2日目にはドク・ツェントルム(Duku-Zentrum)とDB博物館(鉄道博物館)を見学しました。
ドク・ツェントルムというのはドキュメント・センターという意味で、ナチの犯罪行為に関わる記録が保存されているところです。場所はニュルンベルク中央駅から路面電車で10分ほどのところで、かつてのナチ党大会が開催された会場の跡地にあります。
ドイツでは、ハルツカードやニュルンベルクカードのような地域カードがそれぞれの地域で発行されていて、それで美術館・博物館がフリーパスになるだけでなく、多くの場合に市内の公共交通がフリーパスまたは割引になります。
逆に言うと、市内の公共交通のフリーパスチケットを買うと、市内の美術館や博物館がフリーパスまたは割引になります。
このようにドイツでは、博物館を観光資源として活かす工夫がされており、これは鳥取でも見習ってよいように思います。鳥取県内の路線バスが3日間フ リーパスになる「鳥取藩のりあいばす乗放題手形」(1800円)に美術館・博物館のフリーパスを付けたら便利になると思うのですがいかがでしょうか。

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写真8 画家のデューラーが住んでいたデューラーハウス


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写真10 ナチの記録を保管しているドク・ツェントルム