夜のモモンガの森でのちょっとした体験

2011年 12月 23日 21:37

(記:小林 朋道)

 

最近、鳥取県の智頭町芦津にある森で、ホンドモモンガの生態調査と、その知見に基づいた保全活動を行っている。

生態調査では、異なった環境条件の区画内の樹木に巣箱を設置し、そこに入るモモンガについて、性別、体重、個体識別、(一部のモモンガについては)遺伝的特性などを調べるのだが、時には夜の森に入る。

調査地の森に、夜の9時、10時ごろに入って、モモンガが利用していた巣箱の周辺を中心に歩き回る。モモンガが樹上で採食していたり、休息していたり、木から木へ飛び移ったりしている場面に出くわすのを期待しているのである。

今回は、そんな夜のモモンガの森で体験したある出来事についてお話したい。

 

 

photo1
photo2
たまに日中にモモンガに出会うことがある(左) 夜出会ったモモンガ(右).木の叉の上に、目が光るモモンガの顔が半分見える

 

夜の森でモモンガに出会えることはとても難しい。私もこれまで3度ほどしか出会っていない。でも、コウモリやシカなどにはときどき出会うことがある。


今年の9月の夜であった。私は、多少の怖さも感じながら、モモンガの森に入っていった。もちろん、月明かりが少しはあったが、まー、真っ暗な森の中である。

ちなみに、モモンガの森に入る直前には、幅3メートルくらいの渓流を越える橋を渡らなければならない。橋を渡り終わると、そこは、もうモモンガの森である。森に足を踏み入れた私は、ひたすらライトで木を照らし、夜、活動するモモンガの姿を探しはじめた。

下から見あげた森は、空がほのかに明るく、もしモモンガが木の間を飛翔したら、私くらいの優れた研究者には(ウソである。単に、五感が磨かれているだけのことだ)にはかなりの確率で発見されただろう。個体識別用に、尾の毛を刈っている個体もいるので、とてもラッキーだったら、私と知り合いのモモンガが見えるかもしれない。

私は、木にへばりついたモモンガの姿と、飛翔するモモンガの姿、両方を求めながら、ゆっくり森の中を歩いた。

いくら慣れている場所とはいえ、夜の歩行は、日中の歩行とは違い、疲れる。それだけ無意識のうちに警戒しながら歩いているせいだろう。1時間も観察を続けると、額に汗を感じた。

しかし、その日は静かに時間だけが過ぎていき、モモンガも他の動物も一匹も見ることができなかった。


まーこんなこともあるさ。思慮深い私は、自分に言い聞かせながら、森内の夜の探索をやめることにし、出口のほうへ向かった。

やがて前方に橋が見えてきた。それを渡り切ると森は終わる。そう思って橋を渡りかけたときだった。前方に、なにか動くものがあった。月明かりのわずかな光の中でも、私の目はしたたかに反応するのである。その“動くもの”は、橋の端を向こうからこちらへ近づいてきて、橋の中央あたりで動きを止めた。

私は、その正体を知るために、ゆっくりと、ライトの光の先端をその“動くもの”のほうへ寄せていった。

そして、そのライトの光の中に現れたのは、可愛い小さなヒメネズミだった。ヒメネズミが、きょとんとした顔をこちらに向けて、立っているではないか。

私は少し観察した後、写真を撮ってやろうと思い、ゆっっくりと腰のポシェットからカメラを取り出した。

ヒメネズミはまだじっとしている。私はカメラを向けシャッターを切った。切った瞬間にフラッシュが光り、さすがのヒメネズミも、さっと姿を消した。


私は、何か不思議な気持ちになった。立ってこちらを見ているヒメネズミの姿が残像として残っていた。なんで、こんなところにヒメネズミが?どうして動かずにじっとこちらを見ていたのか?

そして自然に思ったのである。

「あー、私が森の中で一生懸命歩き回ったけど、何も動物に出会えなかったから、気の毒に思って、最後に君が姿を見せに出てきてくれたんだな・・・・どうもありがとう」と。そして続けて思ったのだ。「でも、とても小さかったなー」と。


繰り返すが、それがそのときの私の率直な気持ちだったのだ。

あー、最後に、気の毒に思って出てきてくれたのか。・・・・でも、結構、小さかったなー。

おそらくそこには、森の動物に対する、ちょとした甘えもあったのだろう。どうせ最後に出てきてくれるのなら、もっと、私がびっくりするような動物に出てきてほしかったなー、みたいな。

真夜中の森である。ちょっと気持ちが非日常的になっているのである。


そして私は、そんな気持ちを引きずって、車に乗り込み、橋を渡ったところにある駐車場から出発した。

さて、事件は、それから数分後に起きた。

道は、地形にそって急角度で曲がり、曲がる手前では、向こう側の視野は、山裾にさえぎられて見えない状態だった。そんな道を、私が曲がったときだった。

そこにはなんと、大きな雄ジカが(ニホンジカでは雄にしか角はない)、車の正面に対置するように立っていたのだ。秋の繁殖期で、雄の活動も活発になっていたのだろう。

私は、本当にびっくりした。びっくりしてハンドルを切り、あわや車がシカにぶつかる直前で、ぎりぎりシカの脇をすり抜けた。角は、軽く車にふれていたかもしれない。

シカが心配だったので、急停車してシカに目をやると、身をひるがえし、山の斜面を巨体を揺らしながら駆け上がっていった。


夜も更け、暗くて深い森の中を、一人で車を走らせていると、いろんな思いがわいてくる。

私は、車の窓越しではあったが、あれだけ間近に、シカの顔や体を見たことはなかった。当たらなくてよかったという思いと同時に、やっぱり野生のシカの(それも雄ジカの)のどアップはすごいわ。長年野生で生き抜いてきた、その堂々とした形態に畏敬の念を禁じえなかった。

そして、心臓の鼓動が落ち着いてくると、少し前の、あることが頭に浮かんできた。

「あー、最後に、気の毒に思って出てきてくれたのか。・・・・でも、結構、小さかったなー。」・・・である。


そうだ。“モモンガの森”が、私の「結構、小さかったなー」という気持ちに、多少怒りながら、応えてくれたのではないだろうか。

「小さかった」か。そうか、じゃあ、これならどうだ!と

確かに、雄ジカは大きかった。さっき思ったことは、完全に、撤回・・・である。そして、何か私は、とても愉快な気持ちになったのである。

私の心は、“モモンガの森”に棲む生物に対して、一層近寄っていった。暗い夜道を野生生物たちの息づかいを感じながら、帰っていったのである。

 

photo3
photo4
昼間、出会ったヒメネズミ(左) 夜の森で出会ったニホンジカの雌(右)

 

さて、2011年も終わりである。皆様、よいお年を。

 

キーワード
関連記事