今を生きる力

2014年 11月 08日 22:51

(記:石井克典)

近年、自宅で遊べる脳波ゲームを手軽に手に入れることができるようになった。医療用の脳波測定器が数十万〜数百万円するところ、コンシューマ用の簡易版は約100ドルで購入できるからである。海外では、子供のADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療法の一つとして用いられている。昔流行った「脳トレ」ではなく、「脳波トレ」である。

一方、世相をみると、日本を覆う衝撃的な事件や不正の連鎖が止まらない。特に、幼児や青少年・家庭を巻き込んだ残虐で凄惨な犯罪行為がエスカレートしている。倫理の融解(メルト・ダウン)が更に広く深く進行しているように見える。安心で豊かな日本の将来のために、一人ひとりの「こころの再生」が必要な時代である。
これには、「新しい脳(大脳新皮質)」と「古い脳(大脳辺縁系)」のバランス問題がかかわっている。人間は「新しい脳」を発達させることで「自我」意識が強くなった。その肥大化した論理的思考能力によって巨大な経済社会やネット社会などの「虚の世界」を生んでいる。一方、「古い脳」は生命維持機能と深い関係にあり、「実の世界」を制御している。映画マトリックスでも警告されたように、今や人間は「虚の世界」で生きることに固執している。その結果、生命体本来の維持をつかさどる自律神経系の働きが弱まっている。つまり「今を生きる力」を失い「こころ」が脆弱になりつつあるのである。

 

「こころ」を活性化するには、「護身」つまり自らの心身を高い次元でコントロールしていく術、生命体本来への回帰が必要である。自律神経をコントロールする術を身につければ、ストレスに起因するいろいろな症状も治すことができる。われわれは二千年以上前からそれを知識として知っている。特に日本、古流剣術では呼吸法として活用している。すなわち「丹田に意識を置く」ことである。自律神経には呼吸器系、消化器系、循環器系などがあり、交感神経と副交感神経のバランスによって生命体の維持活動を行っているが、そのなかで呼吸だけは自分の意思で止めたり吸ったりできる。人間は呼吸を息という。「息」は字形が示すように「自らの心」である。ストレスなどで自律神経系がバランスを失っても整えることができるのである。

古流剣術は、組太刀という相手とのかけ合いで技を磨くとともに呼吸法や足運びなどの所作を鍛錬する。組太刀を通じて五感をフルに使うので、外的環境情報を取り入れながら脳を鍛えることになる。古流剣術は元来対敵動作が主眼であり、このため「まず自らを護る」「精神的にも肉体的にも油断がない」「瞬時に正確な判断をする」「敏活に動作する」「腹の底には物事に動ぜざる剛健なる精神を常に保つ」ということに向かって繰り返し修練を重ねる。これは「古い脳」を活かすすべての要素を含んでいる。

 

鳥取藩のお留め流(鳥取藩内のみに伝わり門外不出の流派)である「雖井蛙流平法(せいありゅう・へいほう)」は今も鳥取県庁隣の尚徳錬武館で継承されている。雖井蛙流平法は江戸時代中期に深尾角馬が興した流派であり、他流派の極意に対する「返し技」で成立している。そのため、当時はこの流派を学べば他の流派を学ばなくても構わないという風潮であった。雖井蛙流平法の特徴は、攻撃系の技よりも防御系の技を主体に組み立てられている。したがって、特に婦女子には、護身術・身体動作の演錬や嗜みなどの観点から雖井蛙流平法の小太刀が大いに薦められる。

現在は、雖井蛙流平法「五乱太刀分(ごらんのたちわき)」、「小太刀十斬(こだちじゅうざん)」を継承・普及しており、毎週末(土日)に稽古されている。老若男女を問わず剣道をやったことのある青少年も見学や稽古に参加してはいかがだろうか?「今を生きる力を養う」ことに大いに役立つ。

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雖井蛙流平法太刀の稽古風景

 

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演武:雖井蛙流平法小太刀の形

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