(記:角野 貴信)
一般の方に土壌を研究しているというと「?」という反応をされることが多いので、おそらく多くの土壌学者は「へぇ~」と納得してもらえる「研究する意義」を用意しているのではないかと思います。
私の場合は、これまで研究していた土壌からの温室効果ガス放出について話すことにしています。『一般に土壌は、大気中に二酸化炭素として存在する炭素量の約2倍もの炭素が「有機物」あるいは「腐植」として存在しています。もし地球温暖化によって土壌中の微生物が活発になり、予想以上にたくさんの有機物が分解されて二酸化炭素が大気中に放出されるようになると、さらに温暖化が進む「正のフィードバック」が起こる可能性があります。
私の研究はそんな危険なことが起こるかどうか見極め、チェックすることです』、というわけです。もちろんこれは私が行っているいくつかの研究の一つの側面ではありますが、研究の楽しさは何もその意義にだけあるわけではありません。
楽しみの一つは、やはり野外調査そのものにあります。
シャベルを片手に地面に穴を掘り、地層のように積み重なった土層(土壌学では層位という)を眺めながら、その場所の地質、地形、水の流れ、気象、植生、動物の影響や土地利用の履歴などの情報をフル活用して、数万年単位で起こる大気と水と地質の化学反応を想像しながら、「このような土壌がなぜ、ここにあるのか」を考えます。
これは例えば推理小説を読むことに似た楽しみと言えるかもしれません。どうやらこのような楽しみ方は海外の土壌学者にも共通のようで、国際学会などの後にその地域の土壌を見学する「巡検」に参加してみると、多くの土壌学者が我先に土壌断面の前に陣取り、観察しつつ周囲の土壌学者と真剣に議論する姿がみられます。
ペドロジー学会野外調査
2009年日本ペドロジー学会野外巡検(カナダ)
さて、今年(2012年)は2回ほど中国・内モンゴル自治区へ調査に行ってきました。フルンボイル市・ハイラル区にホテルをとって、およそ1週間ずつ滞在し、草原の土壌を調査しました。
この辺りには日本ではまず見ることのできないチェルノーゼム(黒色土)やカスタノーゼム(栗色土)と呼ばれる土壌が広がっており、豊かな草原が残っている一方、過放牧などで草原が劣化しているところもみられるため、「持続可能な自然資源管理とは何か」を考えるうえで非常に良いフィールドです。
草原での土壌調査
調査結果についてはまた別の機会に取っておくとして、今回は研究のもう一つの楽しみ、「食」について触れてみましょう。
日本での調査はもちろん、海外調査では特にその地で現地の人たちが食べているものに興味がわきます。
中華料理はたいていどこでも日本人の口に合うのでハズレることはないのですが、今回おいしかったのが「火鍋」、つまりしゃぶしゃぶです。火鍋自体は中国全土でみられる一般的な料理ですが、やはり中国東北部でモンゴル文化とくれば、羊肉で食べないわけにいかないでしょう。
早速「台北火鍋城」というレストランで白湯スープの火鍋を注文しました。「台北」の名前がついているのは「南の温かいところ」という意味で、特に台湾料理ということではないそうです。店内を見渡すと家族連れから若者まで席が埋まっており、かなりの人気店のようです。日本のしゃぶしゃぶと同様に、冷凍した肉を薄くスライスしたものを注文し、自分でスープにくぐらせて食べるスタイルです。羊肉も薄いと特有のクセも少なく、老若男女に人気が出るのもうなずけます。
カザフスタンでは最も高価な肉は羊肉ですが、内モンゴルでは牛肉のようで、比較的「庶民の味」に近いのではないかと思いました。
モンゴルの火鍋
色々な食材を左下のスープにくぐらせて食べる
興味深かったのは、これだけ食にこだわりのありそうな中国人ですが、旅行の際はそれほど食を重要視しないらしいということです。旅をしている間は食事を簡単に済ませ、その時間を珍しい風景の観光に充てたい、ということのようです。
私はやはり旅先ではゆっくりとおいしいものを食べたいと思うほうなので、こういった中国人の「旅行観」は意外でした。
「食」から現地の文化や考えに触れてまた翌日の調査に備える、というのも研究のささやかな楽しみの一つなのです。