生物多様性と「COP10」「MOP5」について

2010年 06月 13日 14:04

(記:三野 徹)


5月22日は国連が定めた生物多様性の日です。今年の11月7には愛知県で多様性保全締約国会議が開催されます。生物多様性保全条約は、1990年 にリオで開催された国連の地球環境会議で地球環境を守るために温暖化防止条約と併せて決議された条約で、現在では世界中の多くの国が批准しています。ご多 分に漏れず米国はまだこの条約を批准していません。わが国では温暖化防止条約の方が有名で、ややもすると生物多様性条約の方は見過ごされる傾向にあります が、地球環境保全条約では温暖化防止条約と並んで重要な位置づけにあります。

今回の愛知県で開催されるこの締約国会議は10回目に当たり、COP10(Conference of Parties 10の略称で第10回目の 締約国会議を意味し、生物多様性保全条約に限らず、その他の国際条約の締約国会議もすべてCOPに回数をつけて呼ばれます)と略称されます。同時に遺伝子 多様性保全条約(通称カルタヘナ条約)の締約国の集まりも開催され、こちらの方はMOP5(Meeting of Parties 5)と略称されています。このような時期に当たり、本年の5月22日には名古屋市周辺でCOP10やMOP5を意識した様々なプレ イベントが開催されました。

私は以前から農水省の生物多様性検討会議(委員長:東大名誉教授の林良博東京農大教授)に関係してきたために、農水省関係機関が中心となって愛知県安城市 榎前地区で開催した生物多様性保全シンポジウムに、パネリストの一人として参加することとなりました。午前中は榎前地区に設置された水田魚道での水田生物 観察会に参加して、地元住民の方々や子供さんたちと交流を深め、午後のシンポジウムに臨みました。

さて、シンポジウムは林良博先生がコーディネーターとなられて進められました。
コーディネーターから各パネラーへの最初の問いかけは『パネラーにとって生物多様性とは何ですか?』というストレートな質問でした。私の答えた話の概要は次のようなものです。
『生物多様性という言葉は大変難しくしかも抽象的です。受け取り方は個人こじんできわめて多様だと思います。私が勝手に理解している内容についてお話させていただきたい』と断った上で、次のような話をしました。

『食物連鎖により支えられている生態系は、植物の一次生産を底辺にとった生態系ピラミッドで表現される場合がよくあります。底辺の広がり、すなわち一次生 産が大きいと、生態系ピラミッドの頂点を高くし、ピラミッドを形成する三角形の面積を大きくします。このピラミッドの高さが生物の多様性であると理解する とわかりやすいと思います。
つまり、一次生産量を表す「底辺」と生物多様性を表す「高さ」の積は食物連鎖で形成される生態系の三角形の面積を表します。この面積自体が生き物の賑わ い、すなわち生態系の豊かさを表すことになります。なるべく生態系を単純化して、人間に都合の良い作物の収量を大きくすることがそもそも農業生産の目的で す。耕地では生き物が賑やかでない方が人間の取り分が大きくなるので、農薬を使用したり、雑草を退治して余分なエネルギー消費が発止しないようにする必要 があります。食物連鎖のピラミッドの高さを低くして、なるべく余計な生物がこの系に加わらなくすることが大切になります。

しかしながら、生産の安定には生態系の多様性を高めることが重要となります。生き物の賑わいにどのような価値を見いだすかは私たち人間の勝手であっ て、エントロピー増大原理からは多様化は絶えず進むというのは自然の摂理ということになると思いますが、農耕地ではいかに生態系を単純にして食料の生産性 を上げるかが基本的な技術となります。
しかしながら農業はこのような生産性向上とは別に、自然環境を守ったり伝統文化を継承したりする別の目的があります。また、健康食品として自然農法に対す る消費者の根強い嗜好もあります。耕地での生物多様性を、農薬や除草剤、化学肥料を使用していない証拠として利用することもあると思います。これはこれで 別の意味があると思います。生物多様性保全戦略としての取り組みはそれこそ多様であり、様々な視点から生物多様性を考えることが重要と思います。』

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今 から考えると余り良い答えになっていないように思えます。生物多様性とは、私にとっても良く理解できていないためかもしれませんが、食物連鎖により形成さ れた生態系のピラミッドの高さを表す概念であり、底辺を支える地域の生産力とは異なった方向のベクトルと考えるべきであることは正しいと考えています。生 物多様性保全に対するアクションは様々あってそれこそ多様ですが、多様であることが健全な人間社会であることの証拠かもしれません。

ひるがえってわが国の水田農業を考えるとき、現在、水田で栽培されているイネの品種はコシヒカリをはじめとした数品種に限られています。わずか100年あ まり前の明治の初期には、わが国の水田では数百にも上る様々な品種のそれぞれの栽培環境に応じて栽培されていたと言われています。育種技術や栽培技術の進 歩、農業基盤の整備、そして流通体系や情報システムの整備などにより、経済価値の高い品種に単純化されていくのは社会の近代化に伴ってやむを得ないのかも しれません。その一方で、水田や地域の中の生き物の多様性を求めるのは何となく釈然としない気持ちになります。私だけでしょうか。

さて皆さん、本年の11月にわが国で開催される生物多様性保全に関する国際会議に注目し、これを機に生物多様性保全についてそれぞれの立場で少し考えてみませんか。

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