人工衛星を用いた地球観測

2010年 05月 19日 20:37

(記:岡本 謙一)

高い山から麓の町や村を眺めると、地面からでは見ることのできなかった広い範囲の景色を一望のうちに眺めることができます。飛行機から撮られた航空 写真では、私達の暮らしている家や学校がおもちゃのように小さく写っています。飛行機は、たかだか上空10 km から航空写真を撮るのですが、人工衛星は、高度500km~1000 km の上空から一度に地球の非常に広い面積、たとえば、150 km × 150 km の関東平野、の写真をとることができます。また、人工衛星は、地球を約100分で一周しますので、一日に地球を約15周することができます。


今、問題になっている地球の温暖化を初め、オゾン層の破壊、熱帯林の破壊などの様々な地球環境問題は、地球的規模の非常に広い範囲にまたが る現象ですから、非常に広い範囲を短い時間で繰り返し観測できる人工衛星からの観測は、地球環境の状況を調べるための有力な手段となります。

私は、人工衛星から、様々な地球環境を観測し、観測データを調べ、地球環境問題を解決するために役立つことを研究しています。

地球環境は、絶妙と言ってもいいほどのバランスのもとに作られています。しかし、近年の爆発的な人口増加、人類による経済活動や生活活動の急速な拡大は、人類を初めとする地上に生存するあらゆる生物の存続そのものをも脅かしかねない様々な地球環境問題を発生させています。
 
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図1は、人口増加曲線を示しています。1950年には、25億人だった世界の人口は、年1.9 % の割合で増加し、1980年には、44億人に達しました。現在、全世界の人口は、約68億人程度といわれていますが、急激に増加しており2050年ごろに は約90億人に達すると予測されています。ただし、それ以降は人口増加は止まり、人口は横ばいの傾向にあるようです。この爆発的な人口増加を支えるために 森林伐採によって耕地面積を拡大したり、石炭、石油などの化石燃料消費が増え、地球の温暖化が進んだり、空気が汚染されたりするなどの問題が発生していま す。今後ますます地球環境問題について、私たちは、関心をむけないといけない状況になりつつあるものと考えます。

いくつかの地球環境問題について、紹介します。

図2は、二酸化炭素濃度の上昇と化石燃料消費との関係を示しています。石炭、石油の化石燃料消費の増大(青い方の図、横軸は年、縦軸は炭素の量で億トンの単位)と大気中の二酸化炭素濃度の増大(赤い方の図、横軸は年、縦軸はppmの単位)を示しています。
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大気中の二酸化炭素の増加する割合は、最近になればなるほど大きくなっています。これは、化石燃料の消費の推移とぴったりと一致 しています。大気中に放出された二酸化炭素による温室効果の結果、気温が上昇すると考えられています。自然レベルでは、大気中の二酸化炭素の濃度は約 280 ppmといわれていますが、最近のIPCC第4次報告書(IPCC: 気候変動に関する政府間パネル)によると、2005年には、379 ppm に増加したと報告されています。2008年には385.2 ppmに増加しました。また、最近10年間の上昇率は、1995~2005年の平均で、年当たり1.9 ppm と報告されています。二酸化炭素の濃度が、自然レベルの2倍の約560 ppmになった場合の平均気温の上昇幅は、2~4.5℃と見積もられています。今世紀末の平均気温の上昇の予測結果は、今後の人為的な排出量のシナリオに よって異なりますが、1.1℃~6.4℃の幅があると予測されています。
 

図3は、米国の気象観測衛星NIMBUSなどに搭載されたオゾン全量分光計TOMSが観測した南極付近の成層圏オゾンの減少を示します。1981年9月、 1987年9月、1999年9月と南極上空のオゾンホールが時間的に変化している様子を示しています。ドブソン単位(100で割った値がオゾン層の厚さを mmの単位で表したものを表します)を用いています。ドブソン単位で300位が正常なオゾン層の厚さです。青色の部分が最もオゾンの量が少なく、水色、緑 色と変化するにつれて次第にオゾンの量が増加しています。南極大陸上空のオゾン層の濃度が減少すると共に、その領域が増大していることがわかります。

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図4は、米国の地球観測衛星LANDSATに搭載された可視・近赤外センサ、マルチスペクトラルスキャナーによって観測 した、アマゾン、ロンドニア地方の熱帯雨林の破壊の様子を示します。1973年、1976年、1986年と時間が経過するにつれて、熱帯雨林に作られた道 路の周辺から人々が入植し、熱帯雨林を開拓し、焼き畑農業を行いその結果熱帯雨林の破壊が拡大し、魚の骨のような形状になっていることがよくわかります。 一旦破壊された熱帯雨林は、もうもとには戻りません。


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現在、私は、人工衛星の観測データを使って、主に全世界に降る雨の分布について調べています。私達の生活に欠かせない飲 料水や工業用水は、降雨から供給されています。降雨が、少ないと旱魃になり農作物の生育に大きな被害を及ぼします。一方、降雨が多すぎますと、洪水の原因 となり、私達の命や財産は大きな影響を受けます。私達は、水に恵まれた日本に住んでいますので、水不足については、あまりピンと来ないかもしれませんが、 これまでの研究では、実に、全世界の約1/4の人々が2025年には水不足に直面すると予測されています。このように、世界に降る雨を調べることは、とて も重要なことなのです。
私が現在取り組んでいる研究についてご紹介しましょう。

(1)人工衛星搭載の新しい降雨観測システムについての研究

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図5は、日米共同の人工衛星である熱帯降雨観測衛星(TRMM: Tropical Rainfall Measuring Mission、トリムと発音します) を示します。TRMMは、全世界の総降雨量の約2/3を占め、エルニーニョ現象を初めとする地球的規模の気候変動に影響を及ぼす熱帯および亜熱帯降雨を観 測することを目的とします。TRMMは、1997年11月28日の打ち上げ以来、12年を過ぎた今も順調に降雨観測データを取得し続けています。TRMM は、降雨観測用のセンサとして、日本が開発した世界初の降雨レーダを搭載しています。私は、この世界初の人工衛星搭載降雨レーダの最初の設計を担当しまし た。
現在も、さらに次の世代の人工衛星に搭載する、新しいタイプの降雨レーダについての研究を続けています。

(2)人工衛星搭載の降雨レーダのデータ解析処理アルゴリズム
図 6は、TRMM衛星搭載の降雨レーダが2000年8月2日に観測した台風8号の中の雨の分布を示しています。TRMM衛星は、丁度台風の眼の上を飛行して います。左側の図の白い雲は、気象衛星ひまわりが観測した台風の雲の写真です。雲の写真に、降雨レーダが観測した降雨強度の分布が、白い二本の線の間にカ ラーで重ね合わせて表示されています。
降雨レーダは、ひまわりの雲画像からは得られない雲の下の雨が降っている領域を明瞭に捉えて観測することが出来ます。台風の目を囲んで降雨強度が30mm/h以上の領域が観測されています。右側の図は、台風の目を含む垂直断面内の降雨強度の高さ方向の分布を示しています。

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私は、このように、降雨レーダの観測データから降雨の強さを求める手法(難しくは、アルゴリズムといいます)の研究をしています。


(3)宇宙からの降雨観測システムによって観測されたデータを用いた、全世界の降雨分布図の作成

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図7に示すのは、全地球の降雨強度の分布を示す地図の一例で、TRMM衛星に搭載されたマイクロ波放射計というセンサのデータより求められた降雨 量のデータを用いて作成されたものです。この降雨地図では、1998-2006年の間の9年間にわたって平均した月降雨量を示します。上の図が北半球の 冬、下の図が北半球の夏の降雨量の分布を示します。
私は、TRMM衛星以外の多くの人工衛星に搭載されたマイクロ波放射計データを組み合わせて、全世界の降雨の地図を作成する研究を行っています。作成した様々な地図は、異常気象、天気予報、洪水予測、農作物の収穫予想などの様々な応用のために用いられています。

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